2026年9月4日金曜日

泳ぐひと。


アマプラで『泳ぐひと』(1968)という映画を観ました。昔のアメリカ映画なんですけど、まさに世にも奇妙な物語でした。

新川です。どうも。


映画ファンのサイトで紹介されてたのを見て知ったんですけどね。どんな話かっていうと、海パン一丁の中年男が、人ん家のプールを泳ぎ歩いて自宅に帰るっていう話なんです(笑)。「なんだそりゃ?」ですよね(笑)。

でもこの映画はアメリカン・ニューシネマの一本とされていて、主演はなんと名優バート・ランカスター。「へ~、そんな映画があったんだ。観たいなぁ」と思ったら、アマプラで視聴可能だったんでさっそく観てみたんです。いや、ぼく的にはすごく面白かったですね。


まず冒頭は、海パン一丁の中年男(バート・ランカスター)が、動物たちのいる森の中を颯爽と走っているシーンから始まります(いきなりワケがわかりません)。やがて男は、森を抜けた場所にある豪邸のプールへとたどり着き、そのままドボーンと飛び込んで優雅に泳ぎます。

するとその豪邸に集っていた、いかにも金持ちそうなパリピ中年たちが次々と彼のもとにやってきて、「やぁ、ネッドじゃないか!久しぶりだな!今までどこへ行ってたんだ?」などと言って親しげに挨拶を交わします。

それらのやりとりから、男はネッドという名で、その金持ち連中と友人関係にあるだけでなく、実は彼自身も(とてもそうは見えませんが)妻子とともに豪邸に暮らす裕福な人物であるらしいことがわかります(ただ、その友人たちとの再会以前に彼がどこで何をしていたのかについてはハッキリしません)。

その後しばらく友人たちと談笑するネッドですが、とある会話の流れで、その友人宅から彼の自宅までの間に点在する豪邸(いずれも彼の友人知人の家)のプールを全部泳いで家まで帰るという奇妙な計画を思いつきます。当然友人たちは「おいおい、何バカなこと言ってるんだ?」などと言ってネッドを引き止めようとしますが、彼はそれには取り合わず、さっそく次なる豪邸(のプール)に向かって再び駆け出していきます。

こうして始まった、彼の「プールをたどる家路の旅」。それは始めのうちこそ楽しげでしたが、なぜか彼の家が近づくにつれ、次第に陰鬱なムードに。そして、ようやくたどり着いた「我が家」で彼を待っていたのは・・・という話。


まぁ、既存の解説や紹介文からの引用になりますけど、この作品は当時のアメリカの上流社会や富裕層を皮肉った、一種の寓話(ぐうわ)なんですね。

つまり「ある日、森から海パン一丁の男がやって来ました」で始まるおとぎ話みたいなもんですよ(笑)。かぐや姫とか浦島太郎のエピソードと同じで、この映画で描かれる奇妙な出来事の数々は、あくまで「何かの象徴」なんです。

それについてぼくなりの考察を述べるのは、ものすごく長くなりそうなので今日はやめときます(笑)。そのかわり、これからこの映画をご覧になる方にぼくからひとつアドバイスを。

この映画は最初から最後までネッドという主人公が見ている「夢」だと解釈すると、受け入れやすくて面白いはずです。実際「夢み」がスゴい映画なんですよ(笑)。

そしてラストシーンから想像し得る「現実のネッド」は、今どういう境遇にある人物なのか?さらにそれを踏まえて、なぜ彼はこんな夢を見たのか?という「夢分析」をやってみるのも面白いと思います。


それではまた。